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わたしがいない、あなたの異世界
2025年11月11日(火) 30 / 0

「やだ!スゴイ!猫ってこんなに伸びるんだね!笑える~!」

 あの人は、いつもは細い目を丸くして、気持ちよく昼寝をしているあたしを見た。
そしてすぐ、細い目に戻りくしゃくしゃの顔で笑った。
あたしの体の前で手を組んで、くねくねしながら、どうにかあたしの体に触るのを我慢している。
あの人は、あたしを産んだのでも、ましてや猫でもないけど、駄々洩れの愛情を溺れる位に注いでくれる、
紛れもなく、あたしのおかーさんだ。

 あたしは随分と長い間、ペットショップで暮らしていた。
小さな頃は「きゃ!かわいい!」っていっぱい抱っこしてくれる人がいたけど、一回目の誕生日が近づくころには、ほとんど誰も見向きしなくなった。
あたしは媚びるのが苦手なタイプだったから、ショーケース横に置かれたケージの中で、いつも大人しくしていた。
 

 ある日、視線を感じて目を覚ますと、あたしを熱心に見ている女の人がいた。
その隣には、体の大きな男の人。
二人はあたしを見ながら、何かを相談していた。
すぐにペットショップの店員さんが来て、あたしはケージから出され、目の前の女の人に抱っこされた。
その人のコートの袖には、猫だったらつい、じゃれたくなる、角の形をしたボタンが付いていた。

普段のあたしなら大人しく抱かれていられるけど、こんなにも、心惹かれるおもちゃがあれば、そうはいかない。
ボタンをガジガジ齧ってしまった。
その人は目を丸くして(後に、驚いた時は目を丸くするタイプだと知った)小さく「怖い」と言った。
もっと遊んでいたかったのに、あたしの体は隣の男の人に渡された。

 あたしにだって怖いものはある。
その一つが体の大きな男の人。
でも、その人は、とても優しくあたしを抱いてくれたので、つい、目を閉じてしまった。
居心地が良かった。
ここに居たいなって思ったら、あたしの喉がごろごろ鳴った。
こうして、おかーさんと体の大きな男の人、おとーさんと家族になった。
これが、あたしの家族ができた瞬間、ずっとのおうちが決まった瞬間だった。

 ずっとのおうちでは、ケージに入れられる事はなかった。
寝る時は、おかーさんのベッドで一緒に寝た。
あたしが寝に来た事を教えるために、まずあたしはおかーさんの胸に飛び乗り、おかーさんの「おふっ!」とか
「うっ!」とか言う声を聞きながら、下に移動する。
おかーさんの足の間にすっぽりはまると、喉がごろごろと鳴り始める。
伸ばした前足の肉球が、勝手にグーパーし始める。
するとあたしの意思とは関係なしに、喉の音が「ごろごろ」から「きゅるきゅる」に変わる。

「きゅるきゅる」って音になるのは不思議な事に、おかーさんかおとーさんと一緒にいる時だけだった。
あたしの事を「怖い」と言ったおかーさんだけど、一緒に寝るようになると「可愛い!」「大好き!」
としか言わなくなった。
あたしに対して、正当な評価が下された。
たまにおとーさんの所にも行くけど、おとーさんは寝ながらいっぱい動くので、ちょっと寝心地が悪かった。

 家の中は全てあたしの居場所だった。
どこに行っても、何をしても良かった。
でもある日、おかーさんがお料理している横で、ゆらゆらと魅惑的に揺れる、赤い何かに飛び付いた途端、
おかーさんに抱き抱えられた。

その時のおかーさんの心臓の鼓動は、あたしが全力疾走した時より、ずっと早かった。
「熱かったでしょ!大丈夫?」って言われて「何が?」って思ったら、ひげの先が焦げていた。
次の日、キッチンがパネルで覆われた。
おかーさん用の、大きなケージができた。
 
 この家に来た頃のあたしは、とても食いしん坊だった。 
おかーさんもおとーさんも働いていたから、ご飯の時間がずれる事がちょくちょくあった。
それだけが、あたしの不満だった。

ある日、テーブル下に置いてある、あたしのご飯茶碗の隣に、見慣れないマシーンが置かれた。
その機械の匂いの中に、ほんのりと美味しい匂いがした。
クンクン匂いを嗅いでいたら、いきなりマシーンが唸った!
びっくりしたあたしは、垂直飛びをして、テーブルの天板に頭をぶつけてしまった。
ちょっと痛かったけど、良い事があった。
マシーンから、あたしのご飯が出てきたのだ!

恐る恐るマシーンに近づき、ご飯の匂いを嗅ぐ。
これこれ、いつものご飯だ! 
あたしはマシーンと友達になり、ご飯を食べた。  
マシーンからは、いつも決まった時間にご飯が出てきた。
でも、あたしは待てなかった。

マシーンに話しかけたりちょいちょいしても、マシーンは黙ったまま。
しびれを切らしたあたしは、マシーンに体当たり!
その口から、ご飯が数粒出てきた。
力づくでご飯を得られる事を知ったあたしは、お腹が空くと、いつもマシーンに体当たりした。

 ある日、窓辺でぼんやり外を見ていたら、おかーさんはあたしに気付かず、窓を開けた。
いつもは必ず、あたしが窓辺にいないのを確認するのに、その日はうっかりしてたみたい。
ダイレクトに流れてくる外の匂いが、きっちりくっきり、あたしに届いた。
窓際で、鼻をヒクヒクしているあたしを見て、おかーさんは息を詰め、窓を閉めた。
「お外に出なくて良かった!」って、その後、あたしは何度も何度も撫でられた。

別にあたしは、外に出たいって思った事はない。
だってこのおうちは、いつもお日様が差し込みあたたかく、美味しいご飯もあって、
おかーさんとおとーさんがいっぱい、いっぱい、遊んでくれる。
楽しい事も嬉しい事も、このおうちに全部ある。
あたしはいつだって、満足なのだから。

 体当たりを繰り返し、マシーンがくたびれてきた頃、あたしに病気が見つかった。
大好きだったご飯も、少しずつ、食べたくなくなっていった。
どちらかと言えば、おてんばなタイプだったあたしは、この頃から、のんびり屋タイプになった。
キャットタワーには、ずいぶん長く登っていない。
おかーさんのベッドに飛び乗る事ができなくなると、おかーさんは床にお布団を敷き、
あたしと一緒に寝るようになった。
おかーさんはあたしの横で、あたしの寝姿をずっと見ている。
あたしはちょっと、鬱陶しいな、と思った。

 あたしは立つ事ができなくなり、おかーさんの布団に寝かされた。
おかーさんはそんなあたしから目を離さず、名前を呼びながら話しかける。
「のぎす、大好きだよ。のぎす、偉かったね。のぎす、ありがとう。のぎす、のぎす・・・」

そう、あたしの名前は『のぎす』。
寸法をきっちり測る事ができる、測定器が由来。
あたしの体が伸びたのを見て、この名前しかない!って、おかーさんが付けてくれた。
あたしもこの名前は気に入っている。 

 とても、とても眠くなって、舌も出たままのあたしに、おかーさんの声が届く。
「のぎす、よく頑張ったね。でもまだ、ずっとそばにいて欲しいよ。どこにも逝かないで。でも、ありがとう。
もう、痛くないよ、もう、苦しくないよ。のぎす、ありがとう、のぎす・・・」
その声が子守唄のように気持ちよく耳に届き、あたしは小さく長い息を吐いた。
おかーさん、ありがとう。


 あなたのいない世界が、私の世界になった。
あなたは、あなたの異世界に逝ってしまった。
あなたに病気が見つかった時、あなたの余命が告げられた時、私は初めて心から、神様に祈った。
まるで、神様に呪いをかけるように、暗く重く突き刺すような思いで祈った。
どうかあなたを助けて下さい。代わりに、私の命を奪って下さい。
今ならわかる。そう願った私は、なんて我儘、なんて傲慢、なんて尊大だったのだろう。

 あなたの命はあなたにしか、全うできない。
それを治療さえすれば、伸ばしたり、縮めたりできると思っていた私は、なんて馬鹿だったのだろう。
あなたは、大きな手術を何度も受けて、私に生きる事を委ねてくれた。
あなたの命を生きているのはあなたなのに、ずっと一緒にいて欲しいと願う私の我儘、傲慢、尊大な気持ちが、
あなたの『生』を歪めた。
私はそんな大切な事に、今更ながら気が付いた。

ごめんね、のぎす。
ごめんなさい、のぎす。
それでもやっぱり、もふもふしたい。
名前を呼ぶと「にゃっ」って小さく返してくれる、あの声が聞きたい。
お日様の匂いがする、香ばしい毛皮を嗅ぎたい。
今夜眠って目が覚めたら、あなたの異世界に一緒にいたい。

でも。
生きる全てをあなたに委ねてしまった私は、この悲しみと苦しさに溢れた私の世界を、あなたなしで、
命を全うするまで、生きなければいけない。

 絶望の中でも、小さな光が射す事がある。
あなたはもう、痛い思いも辛い思いもしていない。
あなたの異世界で、きっと穏やかな時間を過ごしているだろう、そう思える。
いつだってあなたは、私に心配をさせない子だった。
本当に、おかーさんとおとーさん思いの、素晴らしい猫娘だった。
ありがとう、のぎす。


 お日様がたっぷり降り注ぐ窓辺。
ここはあたしが大好きな場所。
そこに置かれたふかふかのお布団からは、懐かしい、大好きな匂いがする。
うたた寝から目覚めたあたしは、背中を丸めて伸びをして、くるりと体の向きを変える。
体勢を整え、再びお布団の上で丸くなる。

のんびりとまどろみまがら、何かを思い出そうとするのだけど、それが何なのか思い出せない。
ただ、あったかくて、優しくて、くすぐったくて、楽しくて、ちょっと鬱陶しい何か。
あたしは思い出すのを諦めて、今度は体を長く伸ばして、再びまどろみ始める。
前足がグーパーし始めて、「きゅるきゅる」と喉が鳴る。

あたしは、ずっと前から幸せだったなって、思い出せない優しい何かに、ほんわりと包まれる。
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