私は昨年10月末で長年勤めていた会社を退職していました。ここ数年は色々な事が続き心身共に一時休止を求めていたのです。主人の、少しゆっくりすればいい、の言葉にも甘え。退職にあたり、さぁ、これからは愛するこの子とたっぷり一緒に居られる!!そんな喜びがありました。3年前に母を見送り、2年後の昨年、父を見送り、、、そんな辛い時期を、この子はその元気さ、メロメロな可愛さで私を笑顔にし、沢山癒し支えてくれました。この子の存在、主人の存在には言葉では言い尽くせない程助けられました。
文字通り、退職後はとにかく我が子とベッタリのリラックスした幸せな毎日。私には子供がおらず、愛猫が私の子供そのもの。主人がジェラスする程溺愛していました、勿論それは今もこれからもです。
年越し後の再就職を視野に入れていたものの、なかなか自身にスイッチが入らず、、、そんなに急ぐ事も無いかと日々が過ぎ、そんな中ある日私の膝でスヤスヤと眠るあの子が突如起き、床にバタン‼️、、、スローモーションの様に見た事の無い動きをしました。私は頭が真っ白、まさかこのままこの子を失ってしまうのでは‼️、、、とてつもない恐怖に襲われパニックです。数秒した後あの子の症状が治まり、歩き始めたものの、今度は歩き方が変なのです。体は傾き、びっこのように、、、、そして眼振‼️
夜間救急を受信し、後には突発性の前庭疾患と診断されました、、、、
その後はあの子用に、部屋に特大シェルターの様な空間を作り、とにかく昼夜問わず看病の日々。何より大事なのはあの子で、再就職などどうでも良くなりました。症状は日毎に落ち着き、3週間経った頃にはバランス感覚も戻り、上手にボール遊びなどを始めていました、あぁ本当に良かった、、、神様に感謝!、、、あの子の回復が嬉しくて堪りませんでした。
ですがその水面下では腎臓が日々悪化していた事を後に知るのです、、、腎臓病についてはまた改めて記しますが、、、今思えば、、、私の退職のタイミングは、あの子が旅立つ前に、私達が沢山一緒に過ごせる為の、神様の計らいだったのかもしれません、、、、退職後、形態を変え、時折前社での仕事をしているものの、この約7ケ月は昼夜問わず、そのほとんどをずっとあの子と一緒に過ごし、疾患が起きた際の看病や、その後4月20日からの闘病生活も、あの子の側に付いていられたのです。
(どの道、3月の疾患の時点で、あの子を看病する為退職していたに違いないですが、物事には全て意味があるのだと改めて)
あの子が旅立った6月6日は、私の母の命日でもあります。365分の1の確率です、、、、恐らく母が我が子の限界を知り、両親の旅立ちの際私を守り、支え抜いたあの子に、良く頑張ったねぇニャアちゃん、本当にお利口さんだったね、と天国から迎えに来たのかもしれません、、あの子と母が手を取り虹へ向かう姿が目に浮かびます。その横で微笑む父も、、
神様から遣わされた私の天使、、ニャアくん、永遠に愛してるよ。まだまだ沢山泣いてしまうママを、お空から見守っていてね、、、
読んでくださりありがとうございます。
一方的に綴る形ですみません。大切な子を亡くされた全ての皆さまへ、愛猫ちゃんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。




















29
最近のコメント