これまでの数少ない預かりっコたちの里親さんに、
ウチに居た間のうんざりするほどの膨大な動画と画像の入ったUSBを渡してきましたが、
去年の預かりっコ、とらーずだけはまだ渡せずじまいです。
…が、れんくん・じんくん・チロたんが1歳になって、
いつか、いつか。と先延ばしにしていた作業に着手しました。
やることは単純で、
私の撮った画像動画が、いろいろゴチャ混ぜでまんま入っているUSBから、
必要なモノを選んで別のUSBへ移動するだけです。
けれどその数が多いのと、私のぱちょこんの処理能力?が低いのか
何百ある動画のうち、4~6つフォルダを移動するだけでフリーズ気味に。
どんどん処理してくれたらいいのですが。
そして、(特大にしてても)小さなアイコンだと
何が写っているのかわからないモノは拡大したり、動画は再生したり。
結局、その頃のほぼ全てのデータを振り返ることになるワケです。
そして、とらーずを預かっていた期間に亡くなったネオも
とらーずに負けない量のデータが入っています。

どんどんネオの画像を見ていたら、「つー」と涙がこぼれました。
あれ?
私、もう哀しい気持ちはないつもりだったのにな。
ちん。と、鼻をかみました。
半日かけて画像が終わって、動画にとりかかりました。
画像と違って、中身を見ないとならない率が増えます。
過去の日時から、7月11日の朝お空へ逝く。と、わかっているネオの
だんだんその日に近づいていく、
「お別れは近いかもしれない」
「今がお別れかもしれない」
そう思って、より枚数が、下手したらどらーずより多いネオが
パソコンの画面の中で生きていて、
涙がポロポロ、ポロポロこぼれて、画面が滲みました。

「ネオのこと忘れてないよ」そんなつもりでいたけれど、
ネオが旅立って、哀しむ間もなくとらーずが次々不明熱になって
エイズが陰転せずに募集しても(ロクな)応募が来なくって、
チョコたんのときのように、じっくりメソメソしていませんでした。
預かりっコがいなくなって、日記もサボって、時間がたっぷりあったけど
このUSBを開いて、最期の頃のネオをなんとなく見られないでいました。
…だから、なかなかとらーずのUSB作ろうとしなかったんだろうか?
私は。
コレはちょうど一年前くらい。とらーずを預かる前のネオです。 ネオは、確かに生きています。
どうして涙があふれたのか。考えてみました。
ネオは確かに生きていて、食べて飲んで動いていて、
そのネオを見たからなのか。と思いました。
ドラマの中でオダギリジョーが、突然死んでしまった『かごめ』について
とわ子に語っていた考え方と似ている気がします。
(ハッキリと覚えていないので気になる方は見てください)
このあいだのウッドデッキ騒ぎ?で折れたアナベルを玄関と階段窓に飾ってあります。

チョコとネオのお寺から、ネオの新盆供養の手紙が届きました。
供養の日が、命日と同じ7月11日だったので(日曜だし?)
思わず心が動きましたが、いつも通り部屋でみんにゃとちゅーるでお迎えします。
ネオが戻って来る頃は、グリーンに戻ったアナベルを
カサカサになるように逆さ吊りにしてると思うから、それを目印に帰って来てね。
そう言えば、ネオの最期の頃の日記をあまり読み返していません。
読むと、見ると…普段忘れたフリをしている感情の扉が
不用意に開け放たれてしまうのが、無意識にわかっているのかもしれません。
この感じだと、読み返すのはもう少し先にしようかと思います。

どんなに想っていても、私は年をとって記憶が曖昧になっていきます。
忘れてしまったディティールを鮮明に思い出せるように
くだらなかったり、どーでもいいみんにゃとの日常を
サボったり、どっかり、これからも日記に残していきたいと思います。
だから、どうか、ネコジルシが100年先まで続きます様に(ハナミズキふう)
一日で終わらせるつもりだったとらーずのUSB作りは、
ぱちょこんの不甲斐なさと、止まらない涙のせいで、
ネオの姿が画面に出てこなくなる頃には夜でした(結局丸2日以上かかる)

とうきょうかぬれ。by くろねこパティスリー