子猫が母親を呼ぶ鳴き声

2000年７月上旬、晴れ。お昼頃。

暑かったので、部屋の窓を開け、
横になって、本を読んでいました。

その頃の家のとなりには、
小さな小さな空き地がありました。
そこから、『ニー。』『ニー。』
っていう声が聞こえます。

僕はあまり気にせず、本を読みながら
なんとなく、その声に対して、
『お～い。』『お～い。』って、返事してたんです。

『ニー。』『お～い。』『ニー。』『お～い。』

しばらく、そんなやりとりを続けましたが、
いくらでも返事してくれるので、
さすがに僕も気になり始めて、本を読むのを止め、
窓辺へ行って、網戸を開けました。

小さな小さな空き地の草むらの中から、
小さな小さな、真っ黒な子猫が一匹、
顔を出しました。

その子猫は、僕の顔を見ると、もう、知り合いみたいに、
『ぴょん。』って、窓から家へあがりこんできて、
僕にすり寄ってきて、『ゴロゴロゴロゴロ。』

『人なつっこい子猫だな。どこかの飼い猫の子か、
捨て猫が、迷ってきたのかな？』

それが、僕の第一印象でした。

しばらく撫でてあげたり、かまってあげた後、
『ごめんな。もう、お帰り。』って、抱き上げ、
窓から外へ降ろして、網戸を閉めました。

『ニャー！ニャー！ニャー！ニャー！』

子猫は大騒ぎしました。
網戸クライミングして、
網戸にぶらさがったまま、鳴き続けました。

『入れてよー！入れてよー！』って、
言ってるのは、わかりました。
正直、困ったことになったな、、、って、
思ってました。

以前、魔女の宅急便を観て以来、
いつかクロネコを飼ってみたいって、気持ちはありました。
でも、こんないきなり、押し掛けられても困る💧

もともと、動物好きだし、
学生の頃、実家では、ワンちゃんを飼ってたし、

でも今は、ひとり暮らし。
20代後半にも関わらず、堕落した
生活を送っていました。

『今の俺に、猫なんか、養っていけるわけないだろ。』

子猫は窓の外で、１時間以上、鳴き続けてました。
(僕って、つめたいですね。)

そのうち、鳴き声を聞きつけたのか、
近所のノラ達が集まってきちゃって。

子猫は怖かったのか、それとも
家へ逃げ帰ったのか、急に静かになりました。

僕は、ホッとしたような、可哀想なこと
しちゃったような、少し複雑な気持ちでした。

でも、静かな午後の時間が流れていくと、
子猫のことは、すっかり忘れていきました。

夕食をすませ、夜、外は真っ暗になった頃、
夜の散歩へ。
ついでに近所の自販機で、
ジュースでも買ってこようかな。

玄関から外へ、２、３歩、歩き始めた時、
ウチの縁の下から、あの子猫が、
ものすごい勢いで、飛び出してきて、
僕の足にまとわりついてきました。

『おまえ、まだ、いたのか、、、？』
『ずっと、俺のこと、、、待ってたのか？』

子猫は昼過ぎから夜まで、何時間もの間、
ウチの縁の下で、僕が呼んでくれるのを、
僕が迎えに来てくれるのを、
待っていた様子でした。

情がわいてきました。
『ま、いいや。とりあえず、この子の事は、
ジュース買ってきてから、ゆっくり考えよう。』

僕は、子猫にかまわず、歩き始めました。

子猫が小さな体で必死で、僕の事、
追いかけてきてる事は、気付いてました。

『放っておけば、そのうちあきらめて、
また、ウチの縁の下へ戻るだろう。』なんて、
気楽に考えて、子猫を待ってあげずに、
どんどん歩いていきました。

あとあと、思ったんですが、子猫は、
あそこが家で、縁の下で待っていれば、
僕が必ず帰ってくるなんて、わかりっこないですよね。

だから、『ここに置いていかれたら、アタシもう、ダメ！』
って感じで、もう、必死で追いかけてきました。

でも僕は、どんどん先へ行っちゃう。
(やっぱり、僕はつめたいですね。)

子猫は、『もう、追いつけない！！』って、
思ったんでしょうね。

その時、子猫がとった行動は、、、、。

立ち止まって、わーわー、鳴き出しちゃったんです。

あの小さな体で、こんな声が？ってぐらい、
近所中に響くような鳴き声。

僕はびっくりして、立ち止まって振り返ったら、
僕のうしろ、数メートルのところ、
あの子猫が、道の真ん中に、ぺたんって、
座り込んで、わーわー、鳴いてるんです。

近所の方は、きっと、猫の鳴き声とは、
思わなかったでしょう。

僕自身、猫のあんな鳴き声を聞いたのは、
あれが最初で最後です。

でも、不思議ですね。
初めて聞く声なのに、すぐにわかったんです。

『母親を呼んでる、、、。』

『母親を呼ぶ時の鳴き声で、、、俺の事、呼んでる。』

何も考えずに体が自然に動きました。

あわてて子猫に駆け寄って、

『ここだよ。ここにいるよ。』って、
声をかけました。

子猫は、さっきと、まるで違う甘えた声で、
『ミャア！ミャア！』鳴きながら、
僕の足に体を、こすりつけてきました。

僕は、その小さな体を、いとおしく撫で続けました。

真っ暗な道路に、ふたりで座り込み、
しばらく、時間だけが流れていきました。

田舎だから、かもしれませんが、
車一台、人ひとり、通りませんでした。

この世界で、ふたりっきりのような気がしました。

『パパ』と、『娘』になった瞬間でした。

僕は男だから、母性本能とは言わないかもしれない。
でも、やっぱり、動物の本能的なものだったと、
思います。

飼えないとか、養っていけないとか、
そんな考えは、どこかに吹っ飛んで、

『この子の事、俺が一生、守ってやる。』
っていう気持ちだけが、頭の中で、
ぐるぐる回っていました。

その後、ふたりで、自販機でジュース買って帰りました。

子猫はもう、僕の事、必死で追いかける必要も、
『あの声』で鳴く必要も、ありませんでした。

だって、僕に抱かれて、僕の腕の中で、
ゴロゴロ言いながら、帰ったんですから。

こうして始まった、ふたり暮らし。

数週間後に、インスタントカメラで撮影しました。
当時はまだ、携帯にカメラなんて、
ついてなかったんじゃないかな？

それ以前に、携帯持ってなかったし。

さっき、第一印象、人なつっこいから、
どこかの飼い猫か、捨て猫って言いましたが、
数週間、一緒に過ごすうちに、
それは違うんじゃないかって、思い始めました。

なつっこいのは僕だけ。
もう、全然、人慣れしてない。
他人には近づかない。
他人は、さわることもできない子。

野良猫の子みたいに、人の姿みただけで、
すぐに隠れちゃう子。

なんで、僕と初めて逢った時は、
僕の顔みた瞬間から、すり寄ってきたんだろ？

前世で、会ったことある？

どこかで、野良猫の子は、自分の母親以外を
信用しないって、読んだ事があります。

これは、あくまで僕の想像なんですが、、、

野良猫の子が、母親と別れてしまって、
(行方不明になったか、ナワバリを追い出されたか。)
寂しくて、お腹もすいて、さまよってるうちに、
自分の鳴き声に対して、『おーい。』って、
返事してくれる、変な生き物(僕)に、遭遇して、
その瞬間、
『私を呼んでくれてる！アレが私のママ(パパ)だ！！』
って、思いこんじゃった。

見初めちゃったんじゃないかと、思いました。

ママだと思ってるから、縁の下で何時間も、
待ってたし、道の真ん中で、あんな声で、
僕を呼んだんじゃないかと。

そんな子だったので、もう、僕のそばにいるだけで、
喉ゴロゴロ、足踏み、そして、みなさんご存知、
乳飲み動作って、いうんですか？
あれを、ずーーーーーーっと、やってました。

ふみふみ、とか、んぱんぱとか、いいますよね。
僕は当時、あの動作を『うにうに』と言ってました。

うにうにうにうにうにうにうにうに……………
ずーーーーーーっと、やってました。

とてもかわいらしくて、いとおしく思いました。

名前は『うに。』

あれから17年半、
24時間以上、離れたことはありません。

おや？そこにいるのは、あの時の子猫さん。