あのお花を見ると思い出すことがあるんだ。
たしかあれは今よりふたっつ前にあのお花が咲いてたころだったよ。
あのころぼくにはまだおうちもなくて、なまえもなくて、毎日おそとでごはんもらってたんだっけ?
もうずいぶん長いことおそとでくらしてたから、どれくらいおそとにいたのかわからなくなっちゃったけど、ぼくには友だちもいなくて、ゆっくり休めるおうちもなくて、もうずっとこのままだと思ってたんだ。
ぼくはなんでかわからないけど、お口がすごく痛くて、体もしんどくて、歩くのもやっとだったっけ。
夜はまだ寒かったけど、いつもひとりで寝てたんだ。
体を丸めて、小さくなって、できるだけ動かないようにしてたよ。

でも、いつも夕方になるとごはんのある場所があってね、ぼくはいつもそこにごはんを食べに行ってたんだ。
毎日毎日、ごはんの時間が待ち遠しくて、ぼくはいつも早めに行って、ごはんが出てくるのを待ってたんだ。
どうしてそこに行くとごはんがあるのかわからなかったけど、ぼくはいつも置いてあるごはんを食べてたよ。
ごはんを置くのはいつも同じ人間で、ぼくがごはんを食べ終わって、もっと食べたいなぁ…と思ってると、また新しいごはんが出てくるんだ。
不思議だったけど、ぼくはとにかくごはんがあることがうれしくて、毎日ごはんが出てくるのが待ち遠しかったのを覚えてる。
ぼくはごはんを食べ終わると、こっそり寝床に帰って大人しくしてたんだ。
でも、夜中、おなかが空いたら、いつもごはんを置いてあるおうちにこっそり忍び込んでごはんを探してたんだ。
そのおうちには、とってもきれいなキジトラのお姉さんがいて、そのお姉さんのごはんがあるのがわかってたからね。

キジトラのお姉さんのごはんは、そのおうちの二階にあるのも知ってたよ。
ぼくはいつも夜中にこっそり忍び込んで、そのお姉さんのごはんを食べてたんだ。
その部屋には、キジトラのお姉さんといつもごはんを持ってくる人間が寝てたから、ぼくはいつもドキドキしながら見つからないようにごはんを食べに行ってた。
それでも、いつも人間に見つかっちゃうんだ。
その人間は、むくっと起き上がって
「こらっ!」
って、ものすごい速さでぼくを追いかけるんだ。
ぼくはいつも怖くて怖くて、命かながら逃げ出してたんだよ。
追いかけられるたびに、もう行くのはやめようって思うんだけど、やっぱり夜中におなかがすくと、そこに行っちゃうんだ。
ある日、いつものように夜中にそのおうちに忍び込んだんだ。
いつものように二階の部屋でこっそりごはんを食べてたら、やっぱり人間に見つかっちゃった。
ぼくは逃げようと、急いで階段のところまで走って行ったんだ。
でも、変なんだ。
いつもなら追いかけてくる人間が、その日は
「こらっ!」
って言っただけで、追いかけて来なかったんだ。
それどころか、起き上がっても来ない。
ぼくは、なんか変だな?って思ったけど、人間はいつまで経っても起き上がって追いかけて来ない。
な〜んだ。
この人間、なんかのろいなぁ。
ぼくはその日はゆっくり帰ったんだ。
ぼくは昨日追いかけられなかったのが不思議で、お昼にこっそり人間の様子を見に行ったんだ。
もちろん、人間に見つからないようにね。
影から見てると、人間が出てきてなんか洗濯物っていうの?あれ干してたよ。
でも、その人間、とってもゆっくりゆっくり歩くんだ。
動きがとってもゆっくりで、時々「いたた…」とか言いながら、ゆっくりゆっくり。
その人間は腰の辺りを押さえながら、ずいぶんゆっくり動いてたよ。
そしたら、あのキジトラのお姉さんが出てきて、人間の側に座ったんだ。
人間はキジトラのお姉さんに色々話しかけてたよ。
なんかギックリ腰がどうの、痛くて動けないからどうのって。
「ギックリ腰」ってなんだろう?
ぼくはわからなかったけど、わかったことがひとつある。
人間は動けないから「今がチャンス」だってこと。
ぼくはその日から毎晩夜中に忍び込んで、ごはんを食べることにしたんだ。
思った通り、人間は起きるけど「こらっ!」って言うだけで追いかけて来ない。
ふふ〜ん。
追いかけて来ないならちっともこわくないもんね。
な〜んだ。
人間なんてこわくないね。
ぼくは勇敢だからね。
もちろん夕方にもごはんを食べに行ったよ。
人間はちゃんとごはんを出してたからね。
でも、夜中にも食べに行ったんだ。
毎晩ね。
ぼくは人間に見つかっても、追いかけられないってわかってたから、のんびりごはんを食べたんだ。
ゆっくりごはんを食べて、ゆっくり帰ったんだ。
そんな日が何日か続いたよ。
人間がのろまになって、10回以上は忍び込んだかな。
ぼくはいつものように忍び込んでキジトラのお姉さんのごはんを食べることにしたんだ。
でも、その日は今までと違ったんだ。
ぼくが部屋に入ると、突然人間が起き上がってきたんだ。
ぼくはびっくりして、あわてて逃げ出したんだ。
どうしたのかな?
人間、動けないんじゃなかったのかな?
でも、その日は確かに人間は起き上がってきてた。
ぼくはこわくなって、もう夜中に忍び込むのはやめることにしたよ。
ああ、こわかった。
でも、あの人間、本当にのろまだったなぁ。
人間のくせにのろまなんて、おかしいよね。
ね、ママ。
その人間、のろまだよね。
ぷぶっ(。-∀-)
「ママだから」
え…?

「その人間、ママだから」
え…?
ママ…?
だってママ、あんなにのろまじゃないよ。
「ママ、ギックリ腰だったんだよ」
ギックリ腰?
なにそれ?
「ギックリ腰だよ。腰が痛かったから動けなかったの」
ふ、ふ〜ん(°▽°)
「散々馬鹿にしてくれてたよね、あの時」
え…?
「へへ〜ん、って、こっち振り返りながらのんびり帰って行ってたよね、あの時」
そ、そうだったかな…( ̄▽ ̄;)
「やっぱり、むうたにはお仕置き必要だね」
むう、知らなかったんだもん!
ママじゃなかったもん、あの時はっ!
「でも、毎日ごはんあげてたでしょ?」
でも、むうわからなかったんだもんっ!
「ダメっ!むうたの恥ずかしい写真、久しぶりに載っけてやるっ!」

ママ、それ、逆に目立つし、隠れてないよっ!
「知るかっ!あ〜、なんか腹たってきた」
ひどいよ、ママっ!
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