
2025年12月18日早朝猫さんが旅立った。
たった5年ほどの命だった。私にとって、耐えられない、
納得できない命の短さ。
突然食べなくなり、と同時に、不活発になり、
1日中ぼーっとしている日が数日つずいた。
病院に連れていくしかない。家庭内野良さんでさわれない子。
弱っていたせいか、抵抗はしたものの、思ったより、
簡単にネットに入れられた。
怪我でなく「病気の巧妙」か。どちらにせよ悲しい現実。
病院では腎臓結石、腎不全と診断された。
血液検査の数値が非常に高い。薬は処方されず、
点滴だけの「治療」となった。家での点滴を毎日。
しかし、2週間ちょっとで旅立ってしまった。
悔しい。点滴の仕方も私が慣れだした矢先だったのに。
全く食べない。水も受け付けない。
強制的に食べさせるのは辛かった。
それでも点滴だけで、2週間以上がんばってくれた。
点滴をつづけていたら、ご飯を食べだした子がいると、
猫ボラさんの体験談を聞いた。福ちゃんの奇跡もおこしたかった。
最後の日、いつものように朝八時。点滴をした。
だが、その日は、口から血を吐いた。
口内からの出血。
私は、幾度も往診獣医師に口内炎ではないのかと、
たずねていたのだが、彼はその都度口の中を診て、
口内炎ではないと返答していた。
夕方から痙攣が始まった。
最初は片足づつ、こきざみな震えだった。
できることならずーと福ちゃんの側にいたかった。
でも、病み明けの私の体調を考慮。
私は24時30分に床に着いた。3時間後。
呼吸が止まった福ちゃんがいた。
救うことも、痛みさえも抑えてあげることができず、
たった一人で旅立たせてしまった。ごめん、ね。
動かなくなった福ちゃん。
できるだけ長くそばにおいておきたかった。
存命中は触れなかったので、今はいくらでもさわれる。
でも、それは悲しい、悔しい現実。
4日目福ちゃんの葬送を決めなければならない。
家の敷地内に埋葬。または、火葬後家の中の祭壇に。
どちらかで、迷った。
福ちゃんの遺体をそのまま私たちの生活空間に埋葬したら、
土に還る時間が、福ちゃん(一緒に居られなかった私たちも)が
失った10年が補足できるように感じた。
同年2月、17歳半で旅立った先住さんを荼毘に付して後悔した。
小さな壺に入ってるお骨ではその先住さんを感じられない。
勿論彼女の死じたいが実感できていないからなのだろうが。
結局亡くなってから4日目の午後、福ちゃんは火葬にふした。
雨が続き、土の状態が、1メートル以上深く掘る作業が
困難だと判断したことが決め手となった。
1ヶ月前この家の中にいた福ちゃんの姿がない。
空間にぽっかり穴が空いたようだ。
小さな骨壷に福ちゃんがいるとも感じられない。
今は自分に言い聞かせるだけ。
福ちゃんはいないのだと。
繰り返し、心のなかで唱える。
ごめんね。ごめんね。ごめんね。
私の人生最終章。
2021年4匹の保護猫さんを家猫にした。
身寄りがなく私たちの年齢を鑑みれば無茶な決定。
先住を含め、この子らを看取るまでは死ねない、責任。
そして、2025年は2匹の猫さんが消えた。
福ちゃんは、まだ5歳だったので、
最後に残る猫さんだと私は信じきっていた。
突然、
私たちの死期がぐっと近づいて来た気がする。
全猫さんを看取ることで、完結する私の人生。
こんな寂しい、過酷な責任遂行……..。
お読みいただき、ありがとうございます。



















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