そして、初めて猫を飼い不慣れで未熟な私に激励や優しい言葉をかけて下さった方々、
本当にどうもありがとうございました。
今日は、今まで避けていた事実をお伝えすることにいたします。
去る2017年10月20(金)夜、くーちゃんが亡くなりました。
それから夜が明けて21日(土)朝、みーちゃんが亡くなりました。
突然、目の前から愛しい親子が立て続けにこの世を去ってしまったのです。
くーちゃんがお母さんを呼びにいったのでしょうか・・・・
これまでずーーっと一緒にいれくれたお母さんが、急に目の前から居なくなってしまったから。
みーちゃんは、くーちゃんの後を追うかのように天国に旅立っていきました。


現時点でわかっていることは、「くーちゃんは死なずにすんだ」ということ。
そして、「みーちゃんもまた、こんなに早く死なずにすんだかもしれない」ということです。
私は35歳なのですが、これまでの人生で最も悲しい2日間でした。
くーちゃんは1ヶ月、生きられませんでした。
みーちゃんは初めて会ったのが7月23日なので、たったの3ヶ月しか一緒にいられませんでした。
くーちゃんはみーちゃんが急変するまで、とても元気でしたし、
みーちゃんも18日に突然の嘔吐をするまで、とても食欲旺盛でいつも通りの様子でした。
飼い主に出来たことはもっともっとあったのに、それをしてあげられませんでした。
「冷静になって、適切な時に真っ先に調べて、行動し、命を守るために動けなかった」のです。
真っ先に自分を責めました。
自分の至らなさを思い返すうちに、両親に対する怒りも込上げてきます。
みーちゃんに関わるすべての事は、常に家族の誰かが口を出し、私と頻繁に衝突したからです。
「もしあの時、すぐに家に入れてあげていたら」とか
「もしあの時、真っ先に病院に連れて行けてたら」とか、
「あの時、あの時、あの時も・・・・」と、過ぎ去った日々の中で「別の選択をしていれば」という後悔が付きまとう。
もう戻れないのに、絶対に取り戻せないのに、こんな風に後ろばかり振り返っては悔やむ事ばかり。
ペットを飼ったことが無い私が、ある日突然野良猫のみーちゃんと出会って、
当時は全く家族の理解を得られず、協力も得られず、ひとりぽっちでスタートしました。
とっても孤独で、不安で、非力な自分に何がしてあげられるのか悩みながらの猫ライフが始まりました。
七転び八起き、紆余曲折、一難去ってまた一難、山あり谷あり・・・・・
全然順調じゃないけれど、1つの困難を乗り越える度に、
「みーちゃんは本当に運が強い!この子の生命力は本当に凄い!」と勇気をもらいました。
父との喧嘩の中でこんなことを言われたことがあります。
「おまえは(無職だから)恥ずかしい、ご近所の人に隠してる」 まるで臭いものには蓋をするような物言いです。
私はご近所の方とお話する機会がこれまで全くありませんでした。通り過ぎる人と挨拶程度です。
それが、みーちゃんがうちに来てくれて世話をするようになってから、
近所の方と知り合いになり、みーちゃんの傍らで玉置さん、向井さん、深沢さんとお話出来る様になりました。
これは、絶対にみーちゃんのおかげだと今でも思っています。
くーちゃんは、35年の人生の中で生まれたての猫の赤ちゃんを一度も見た事が無かった私に、
生まれた赤ちゃんが、日に日に成長していく過程を初めて見せてくれました。
当初は「おそらく死産の可能性が高い」と説明を受けた事で、
「駄目なのかもしれない」と半ば諦めているところがありました。
でも、奇跡が起きました!
くーちゃんはちゃんと元気な姿でこの世に生まれてきてくれました。
みーちゃんは、とても熱心に子育てしていました。
私は余計な手出しをしないと決めて、全てみーちゃんのやりたいようにただ見守ることにしました。
みーちゃんを信頼していました。
みーちゃんはお産後、早々におっぱいをあげたり、なめてあげたり、温めてあげるなど
全力で赤ちゃんを育て始めました。
あまりにも熱心すぎて、お外でトイレをした後でダッシュで戻ってきてましたよ!
1秒でも赤ちゃんの傍を離れたくない様子で、ただ赤ちゃんと一緒にずーーーーーっといました。
傍で見ていて、あまりにも愛が溢れすぎていたので、
とめどなく溢れる愛情と、その光景に毎回うっとりして、悦に浸っていました。
「幸せだなぁ~可愛いみーちゃんと、可愛いくーちゃんがいてくれて」

ただ傍にいてくれるだけで、十分でした。
最愛の、みーちゃんと、くーちゃんには心から感謝しています。
そして、私たちを見守ってくれた皆様にも、心から感謝しております。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。



















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