にゃにやら、回想している奴隷。
🐈のマイキー、グレゴリー、ヒィジケラ、クロタン、ヘンリー、そして嵐の日に保護した🐇のアラくん。
奴隷の横浜スタートは、鶴見の下町ボロアパートで、5匹の子猫🐈&🐇の共同生活。
ある雪の日、アパートの階段の下で、5匹の子猫が蹲って重なるように寒さを凌いでいた。
これを、誰が見捨てようものか!??
アパートを追い出される覚悟で、この子達を引き入れた奴隷、それからは毎日がヒヤヒヤもんだった。
大声で🍚をねだる×5である。 そりゃあ、いやでも薄い壁伝いの隣人の👂に届くわにゃ。
通報を受けて、そーれ、やってきた👵大家!。
「猫を飼うのは禁止です!飼うなら出て行ってください💢💢💢」
「…💦 は、ごもっともです。それは承知してます、が、このままでこの子達がこの寒空の下で凍え死んでしまうので…とくに、この子猫が、白血病なんです。病院に通ってるんです」と、ベッドに横たわるマイキーを指さす奴隷。
問答無用、ときた👵、「猫の傷のあるところは、ちゃんと直してくださいね!」と、退去を命じられた。
そして賃貸生活を切り上げるべく、🐈と🐇のために、おとうちゃんと、自分たちの住まいを真剣に探し始めた。
立つ鳥跡を汚さず主義の奴隷は、部屋を入居前より奇麗にリフォームし、しかもポンコツ風呂も自費で修理して出て行ったのさ!。
大家👵は、ほくほく顔で、「そうですよねェ、🐈は、かわいいですよねェ、うちのお嫁さんも飼ってますよ。」と、しらける言葉。
それから、ようやく自由にゃスペースで、心置きなく彼等と暮らすことが出来たのに。
新居に越して一か月、マイキーは一歳を待たずに逝ってしまった😹。
かわいい、ちいさなキジトラの白い足袋のマイキー。
出張中のおとうちゃんに、電話で最後の声をふり絞って「さよなら」を言って、奴隷の腕の中で息絶えたんだ。😹
あの頃は、マイキーを毎朝病院へ預けて点滴をしてもらい、職場へ走り、定時になれば駆け足で迎えに行くという生活。
当時のファシストの上司が、「○○さんは、最近、慌てて退社するけど、夜の商売もやってるんか?」と同僚に奴隷のことを訊いたらしい。💢💢💢
あのとき、やさしくしてくれたひとは忘れない。
階下のシングルマザーと息子ふたり。あの4畳半と6畳の部屋で、奴隷たちの留守中、あらくん🐇を預かってくれた。息を殺してバレないように…😺。
数年後に、彼等を訪ねたけど、引っ越ししていたニャ。
マイキー&brothers. あの頃の若かりし日の奴隷を発奮させてくれた、有難い存在。
あの子達の小さな命が、奴隷を支えてくれたんだ。
思い起こせば怒涛の日々だったけど、奴隷はとっても満たされていたんだにゃ💐。

愛するマイキーへ🌹


















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