山田五郎氏が逝去された。
奴隷は、彼をひそかに深くリスペクトしていたんだにゃ…。
芸能界の中でも屈指のアカデミックな存在であり、「タレント」という言葉が本来持つ“才能”を、まさに体現していた人だった。テレビの世界では異質ともいえる知性と教養を、軽やかに、そして愉快に披露してくれた。
「ぶらぶら美術館」では、学芸員を圧倒するほどの知識量で、しかも驚くほど分かりやすく美術を紹介してくれた。フランスロケでは流暢なフランス語を披露し、芸術への愛と造詣の深さを惜しみなく伝えてくれたにゃ。
彼の著書には、独自のユニークな鑑賞方法が詰まっており、読むたびに世界が広がる感覚があった。
奴隷と年齢も近く、勝手ながら同志のような親愛を抱いていた。
彼の「オトナの教養講座」を毎回楽しみにしていた。美術だけでなく、その背後にある宗教や歴史にも触れ、堅苦しくなりがちな絵画鑑賞を、驚くほど楽しいエンターテインメントへと変えてくれた。
とくに心地よかったのは、仏像愛を熱く語るみうらじゅん氏が、時に猥談へ脱線しても、山田氏はあたたかい笑顔で受け止め、優しく相槌を打っていたことだ。あの寛容さと柔らかさは、彼の人柄そのものだったにゃ。
原発不明ガンを公表したとき、奴隷は軽い眩暈を覚えた。
「しっかり生きてくれ。克服してくれ。あなたのような知識人が、この世界には必要なんだ!」と祈り続けていたんだにゃ。
最後の「オトナの教養講座」で、苦しい息の中でもネクタイとスーツをきちんと身につけ、「死ぬよ」と静かに言った彼は、あまりにも潔く、あまりにも“オトナ”だった。
本当に、かっこよかったのにゃ!。
奴隷は芸能人に強い興味を持つことは少ないが、彼は別格だった。
それにしても、なんという若さで天国へ行ってしまったのだろう。
ピカソやマティスのように、晩年まで力を振り絞って執筆を続けた山田五郎さん。これから彼の本が書店に並び続け、芸術に心を開く人が増えていくことだろう。
彼の語りは、眠くなるような堅物の美術講義よりもずっと楽しく、ずっと自由だった。
五郎さん、どうか安らかにお眠りください😹。

奴隷作、むくすけ人形に甘えるきんちゃんでした💕



















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