酔っぱらったオッサンが酒臭い息で奴隷に叫んだ。
「You cunt face!」
反射的に、奴隷の手がパァンと飛んだ。
オッサンは、苦笑いをしながら、頬っぺたを押える。
世間では“偉大な映画評論家”。
だが実際は、Savile Row のジャケットもフケだらけ、髪はボサボサ、
ボロ鞄を提げて講義に出かける、ただの冴えないオッサンだった。
その夜、奴隷の部屋のドアの下に手紙が滑り込んだ。
「本当に申し訳ない。これからスイスへ行く」
奴隷は喜んだ。
これで愛猫ブーションと静かな夜が戻ると思った。
ところが翌晩、帰宅した奴隷が二階を見上げると、
にゃんと、オッサンが窓からこちらを見つめていた。
灰色の顔で、ひどく寂しそうに…。💦
家の中は静まり返っていた。
そのとき電話が鳴った。
「私は今スイスにいる。君が見たのは…私の生霊だろう」
あれから24年。
奴隷は今日、オッサンの写真を手に取った。
黴臭い書斎で、奴隷の愛猫ブーションを抱くいつもの照れ笑い。
最後の言葉は病院からだった。
「千羽鶴、きれいだ。ありがとう」
気づけば――
奴隷はとうにオッサンの享年を追い越し、
すっかり婆さんになってしまった。
そして奴隷は思う。あのダサい安カフェで、油っぽいベーコンエッグとヒビ入りマグの紅茶、
少し焦げたトーストの朝ごはんを、もう一度オッサンと一緒にしたかった。
余りにも突然、いなくなってしまったオッサン、ずるいよ。
貴方のいない世界は、思っていたよりずっと広くて、そして静かすぎるんだよ。




















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