
※猫の関わる事故といいますか、私が20代前半に体験してしまった、悲しい話です。
これから綴る話は、私が親元を離れ上京し、あこがれのキャンパスライフをおくっていたころの出来事です。
時は今から30年弱昔、バブル期の後半の東京。
ド田舎から上京し独り暮らしをしていたころの話。
当時、両親は共働きでしたがバブルとは無縁で仕送りも両手行くか行かないかでの生活でした。
5畳半ワンルームと言うより、共同玄関、廊下沿いに引戸の畳部屋でした。
仕送りの半分以上は家賃に消える貧乏生活を送ってました。
六本木どころか渋谷、下北沢で遊ぶ余裕などなく、通学の交通費もケチる生活でしたので、地味な学生生活でした。
同じような境遇の友人もちらほらいましたが、世田谷区にキャンパスがあったためか、地方の裕福な家庭の学生も多かったですね。
私のアパートは世田谷通り、馬事公苑の反対側に5分程奥まった住宅街にありました。
マンションは少なくほぼ一戸建ての家々がならぶ町で、家自体は大きくはなかったですが自家用車はベンツなんかの高級外車ばかりでした。
戦時中、空襲で焼け落ちたのか古い神社仏閣も見当たらず、ごく普通の高級住宅地だったような気がします。
そんな街に暮らして半年もたたないある晩、世田谷通り沿いのコンビニ(正確にはレンタルビデオ屋…)からの帰り道、横を通りすぎたタクシーが急ブレーキをかけました。
と同時にギャーッという鳴き声とともに、私の前にヨタヨタとハチワレの猫がやってきました。
タクシーは一瞬だけ間を置いたあとに走り去り、残されたのは私と猫。
今度は悲しげな声で、私の目を見ながらミャーと鳴き崩れるようによこたわってしまいました。
跳ねられたことは一瞬でわかりました。
私は歩道にかがんで、大丈夫か?大丈夫か?と声をかけてました。
私を見つめ、数回悲しげに鳴いたあとぐったりと息を引き取りました…
私はまだ、温かいからだを抱き抱えましたが、口からは血が流れ、それがシャツに付いたのを見て、駄目か…と諦めました。
まだ動物の火葬の方法なんかの知識もなく、通り沿いの車一台入る程度の空き地に猫を降ろし、再度コンビニに走りました。
戻って来たとき、起き上がっていなくなってればいいのに…そんな思いもむなしく、そこには息絶えたハチワレの仔がいました。
だいぶ冷たくなったその亡骸の側に買ってきたイワシの干物のパックを置き、手を合わせました。
恐らく天国にいけよ…と祈ったと思います。
そして手下げバックからスポーツタオルをとりだし冷たい身体に掛けて、その場を離れました。
その場所はその後数度となく往来しましたが、いつもあの仔を、ここで看取ったことを思い出してました。
飼い猫だったのか?野良さんだったのか?
首輪はしてませんでしたが、まだ1、2歳の若い猫さんだったような気がします。
幸いにも、この歳になるまで犬猫を過って跳ねたことはなく、目の前で猫が事故にあった唯一の経験です。
この話は、この後に体験した…異形のモノの話に繋がっていったのです。
今日はこれくらいで…続く
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