今日のMVネコ写
ありがとうございます😊 サイトの目立つ所にあってビックリ! 記念のスクショ📸 小さい体で頑張っているお母にゃんにご褒美のちゅーるを進呈っ。子猫達にも1本を3等分であげちゃいました。 土曜日に動物病院へ母子猫を連れて行きました。 子猫達は目やにが出るので診察をしてもらい目薬を処方されました。 母猫は3種混合ワクチンを射ってもらいました。 子猫達にもワクチンを…と思ったら生後2ヶ月くらいだから2週間後でいいよと言われましたのでまた後日に。 ちなみに母猫の年齢はいくつくらいか聞いてみたところ歯石の感じから3〜6歳くらいかなぁとの事🤔 体も小さく痩せていて家の周りでは見かけない子だったのでまだ若い母猫だと思っていたらそうでもなかった事にビックリ。 まさかの子育てのプロでした😂 最後の子育てになるんだな…と思うと少し切ないですが今まで大変だっただろうから余生はのんびりと過ごさせてあげたいと改めて思いました。 最近表情が出てきました✨
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思い出のさすけちゃん
本日から、保険を解約しました。 電話口の男性は淡々と、手続きについて説明してくれました。 さすけのご飯を、ビッ◯カメラで頼んで段ボールさえ開けてなかった。 返品できるか問い合わせてみると、、、 『謹んでお悔やみ申し上げます』だって。 優しい。。 17時になると、近所のチャイムが鳴る。 すっ飛んできたあの子はもう居なくて、寂しい 母が、この音もう嫌だななんて言っていたけど 止めてくれなんて言えるわけないし😂 そして、今日ダイソーに行ってコルクボードを買って来ました。 分骨のキーホルダーと、写真、お花など色々飾ろうかなと思ってます。楽しみ。 色々片付けるのもたくさんあるな。 とりあえず、トイレを片付けよーかな。 ホムセンで買った猫砂…どうしよう? 保護猫団体にあげても良いものなのか? キャットタワーや、ご飯皿なんて みなさんどうしてるんだろう?? さすけのお骨の前には、小さいお皿にいつものフードとお水をあげてるんだけど…… ゆっくりで良いと思うんだけど、なんか気持ちが焦るなぁ😓
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ご飯のおかわりをください
もっと食べたい時に訴えて来る猫様、千代丸。 絶対に貰えるまで鳴き続ける!という姿勢がみえます。 主から貰えないとわかるとふて寝します。
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14年目になりました
2012年12月にこのサイトで知って譲ってもらって以来、14年になりました。 辛い時苦しい時、大きな癒しになってくれたかけがえのない家族です。 来たときと同じような遊び方、甘え方は以前よりも増しています。 どうかより健康長寿で。
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(続)ただ…歯を抜いた…だけなのに
皆様、こんばんは 温かい応援メッセージや見てくださり 本当にありがとうございます 心がぐちゃぐちゃでしたが 何とか持ちこたえられました そして、検査結果も早急に出してくださり 全貌がわかりました 残念ながら…すでに鼻や目の裏に転移 骨も溶けている状態でした… この癌の特徴が…スピードが早いということ 先生がもう少し早かったら…と おっしゃっていました… 腎臓のリスクも承知ではぁちゃんの体を 酷使させてしまいました… 最後のチャンスだと思って… 提案は、2つ 1つ目は、転移している右側の眼球と がん細胞、溶けている目、頬の骨も取る 大手術… そして傷が癒えた頃から…放射線治療… これは毎回全身麻酔下となります 2つ目は、投薬… 効果の期待はできない…内容でした この場で決断できないし…家族に相談をと 保留。 はぁちゃんが戻ってきて…顔を見たら 麻酔に耐えた顔がとても…辛そうで… 抜歯の時の副作用とされていた 右目の涙は…がん細胞の影響とわかりました 4月頃に癌化し、一気に広がっていった そうです パパさんの好意でかなりの長距離をタクシーにて 帰宅。はぁちゃんの為にと言うことでした 車中、半泣きでもやもやしていた私に 優しくお話を聞いてくださったドライバーさん 聞けば猫ちゃんが親子で2匹お家にいて 2匹亡くされてるとのこと。 病院で呼んだタクシーなので、とても寄り添い 配慮くださったと感じましたし、 そうだね、自分なら手術したいと思うけど その時その場で、家族だから傷つけたくないと 迷うし辛いし簡単に答えを出せないと おっしゃっていました 自宅に着き、はぁちゃんはヨレヨレです 本当にもう何もしないし、のんびりしよう 一人じゃないからね、いつも一緒だからね 応えが決まりました パパさんは大号泣ですが…これから起きる 激痛を手術で与えたくない… 余命は短いけれど…こちらも予想される激痛 最後まで頑張らせることはせず… 眠るように楽をさせたい… ずっとずっと一緒にまだまだいたいけれど 自分のエゴで苦しめたくない… そう思いました 先生からのお話しで… 昔と違い…長寿になった分…疾患も増える 予期せぬ悲しいことですが、いつどこが起点で 起きたのか…本当に分からない癌なのだそうです はぁちゃんをたくさん可愛がってくださり 感謝申し上げます 今ある時間を大切に深い愛でつつみ込んで 大切に過ごしたいと思います✨
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レットイットビーに合うような話が無いから
先日 息子が仕事帰りに 『家ついていっていいですか?』って番組の人から声をかけられたと話てきた。 ちょっとでたがりの息子は考えてみたが、 レットイットビーに合うような 何の悲しい話も無いし 番組的に盛り上がらないからと断ったんだよね。 そうなんだ(笑) まぁ、それが一番だし普通 何も無いことはなかったけれど 人に聞いてもらう程の深い話は無い と言うことで幸せな人生を進んで欲しい おーい私に声をかけろ~💦 レットイットビー何十回も流せるくらい 話は尽きないぞ(笑) 水を飲みすぎて吐きまくり ちょっと気になるイーグルです。
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術後の経過と父のこと
肥満細胞腫の手術を受けました。 切除箇所は背中、お腹、鎖骨部分の3つです。 腫瘍の大きさは5mmほどですが、腫瘍まわりの皮膚を直径2cmほど取りました。 病理診断の結果はいずれも低グレード(低悪性度)に相当するそうで少し安心しました。 もし悪化した場合は嘔吐が頻発するそうなので見かけたらすぐ来てとのことでした。 顔の腫れの原因であった歯石除去もしてもらえたので奥歯が綺麗になりました。 病院から借りたプラスチックのエリザベスカラーは動きにくそうにしていたので、カップ麺容器で作ったのですが成猫には小さくて使えず急遽アマゾンで購入しました。 防水布製で軽くて柔らかくマジックテープで取り外し可能のため使いやすくてよかったです。 手術2週間後に抜糸をしましたが傷が目立たなくなるまではエリザベスカラーを装着して過ごしてもらいます。 うちの猫は子猫の時から首輪をつけていて慣れているのでそこまで嫌がらずつけてくれますが、慣れていなかったら結構ストレスになるだろうなと思いました。 日記に書こうか迷ったのですがナツの手術の前日、末期がんで緩和ケアをしていた父が亡くなりました。 ナツは子猫の時から食いしん坊で父からオヤツをたくさんもらって育ったため一番懐いていました。 退院してから少しの間は在宅医療だったので車いすOKの温泉宿を探して家族全員で旅行に行ったり、愛猫をベッドに乗せて撫でたりできてよかったと思います。 ほとんど食事が食べられなくなっても私が作った杏仁豆腐や甘酒などは食べてくれて、自家製の梅酒も飲みたいというので飲んでもらえました。 いま色々な手続きで忙しい日々を過ごしていますが、普通に食事ができたり旅行に行けたり猫と一緒に過ごせたりするのは幸せなことなんだなと改めて思います。
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ビビシッポと飼い主足😅
ビビ🤭寝覚めのあくび🥱こわい😱 さて、ビビ今日は飼い主さん足がシッポに乗っかり、、気持ち良さそう😆 順番に🌟ここからこんな感じになりこんな風になって寝相悪くモゾモゾして最後に寝覚めのあくび🥱 なんか写真撮ったら怖い😱 ご覧頂き有難う御座いました🙇
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2匹の里親になって2年と3か月くらい
月日はアッという間に過ぎていくものです。 2匹の近況を報告せねばと思い今に至ります。 2匹とも自由気ままに元気に過ごしています。 当初家の中でも、リビングだけが猫スペースとして住みわけをしておりましたが、本当に可愛くて仕方がなくって冬に一緒に寝たいよねってことで、家の中すべてを猫に開放しました。 我が家の二匹は、トイレは失敗したことがない優等生。 困ったことと言えば、壁ガリガリをしたので、縦置きの爪とぎを購入して回避させたり、ビニール袋をカミカミ&舐め舐めするので、片付けるように気を付けることくらいかな。 最初から人懐っこかった茶白の寅次郎は、もうデレデレ甘えん坊猫。いつも誰かのそばで寝てついて回ります。抱っこもされるがまま。ご飯はカリカリ一筋で、カリカリなら好き嫌いせずに何でも食べますw いつも可愛い可愛い言われていて、自分の名前”カワイイ”って思っているかもしれませんw 警戒心の高かった三毛猫のミミは、相変わらず警戒心高めでビビりなところがあり、いつも一人行動。お腹が減った時だけスリスリ甘えてきます。ご飯をもらったら、後はあなたはもう用はないっといった感じですw でもこんな風に無防備に横になっていることもあるので、考えていることがいまいちわからないお嬢です。そんなツンデレ猫に我が家の男衆はデレデレ甘やかしていますw そんなうちの猫たちの好きなフードを紹介します。 寅次郎(漢はカリカリ) キュリナワン(去勢後のやつ) 懐石 ヒルズ(去勢後のやつ) ミミ(ウェット派) イナバの鶏づくし&魚づくし(ウェット) チャオ缶マグロとこしひかり ウェットフードが好きなのでそれにキュリナワン混ぜ混ぜして与えてます。 みなさんちはどんなキャットフード食べてるのかな?
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みなさんの愛猫は昼間は寝てますか?
猫はよく寝る💤から寝る子 猫 とか言いますが うちのは昼間はずーーっと寝ています 昔から布団の中に潜り込んでます 同じく、うちも布団の中で寝てるよーって方 いらっしゃいますか❓ 周りに、布団の中には入らないという話し聞いたら なんか不安になってきました😅 9才ですが、朝と夜、2回くらいしか起きて活動してません そんなもんですか? 猫の1日は。。。
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ご無沙汰日記 昨日のこと。
日々の猫ちゃんのお世話と5月にあったイベントの余波で なかなかネコジルシにも行けず終いでした💦 ゴールデンウィークの少し前にナナちゃんが突然 カリカリもお水も受け付けなくなり、嘔吐と下痢を繰り返して、一週間 毎日 動物病院のDr.に受診させて頂き、点滴と注射と投薬をして頂きました。 幸い これらの治療と カリカリをロイヤルカナンの「消化器サポート」と「子猫後期」に変えてからモリモリ食べてくれるようになり、元の元気ハツラツ娘に戻ってくれました。 おかげ様で ナナちゃんとララちゃんのイチャイチャも復活して 毎日 幸せパワーをもらっています╰(*´︶`*)╯♡ そう。表題の昨日のことです。 いつものように 早朝 旦那ちゃんを駅まで送っていく途中、バスが不意に一時停止したかと思うと、目の前に 轢かれてすぐであろう、仔猫ちゃんが横たわっていました💦 通りすがりに垣間見ただけですが、頭部を轢かれたようで、即死だったようです。 轢かれた猫ちゃんには「どうぞ 成仏して、お空で元気いっぱい遊んでね❣️」と願いました。 そのまま車を走らせ、旦那ちゃんを送り届けてから シェアメイトが夜勤から帰ってくるので、逆方向の駅に向かいました。 駅に到着してすぐ(AM7:00頃)、駅前の交番に電話し、直ぐにでも 轢かれた猫ちゃんを引き取りに行って下さいとお願いしました。 警察に通報してから 直ぐにシェアメイトが来たので 猫ちゃんが轢かれた話だけをして 自宅に戻りました(事故の現場は通りませんでした)。 午後から 気になっていた 事故現場を通りがかると 何と 私が目撃した後からでも 何台もの自動車に轢かれてしまったようで、 数メートルに渡り その惨状を物語る血の痕が広がっていました。 「どうして直ぐに対処してくれなかったのか💢💢💢」通報した後 直ぐに対処してくれたなら あんな惨状にはならなくて、猫ちゃんも哀しい姿にはならなかったのに‼️」と悔しくてなりません。 当時 シェアメイトには 私が警察に通報したとは言わなかったのと(私が行動を起こすと嫌がる性分)、警察官が直ぐに対処してくれてると思っていたので、私が他人任せにしてしまった事自体が 原因でもあります。 野良ちゃんなのか?飼い猫ちゃんなのかは判りませんが、猫ちゃん ごめんなさい🙏🙏🙏 暫くは 猫ちゃんの血痕がついた路面を見るのが 辛いと思いますが、轢かれた猫ちゃんが 虹の橋🌈に居てくれて、今度こそ、優しい家族のもとで幸せに暮らして下さいな❣️
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黒猫寧々の保護記録 その4
■5月20日~■ トイレをシートのみの運用にしてから、 特に異食問題は起こらず済んでいる。 療法食もウェット(z/d缶)のほうが好きなようでドライは残しがち。 ウェットはパテ状で口の中に張り付くせいか食べるのにかなり時間がかかる。 それでも食べずに残すよりはちゃんと食べて続けられることが大事なので、ウェット主体に切り替える。 ■5月25日■ ここ数日食欲がいつもより少し落ちている。 療法食に飽きてしまったのかな? それでも除去食試験の期間はまだ残っているし、全く食べないわけでもないのでひとまず様子を見る。 ■5月29日■ 日に日に食欲と活動量が落ちていく。 食べる量が減ったので必然的に排便も数日おきに。 全く口にしないわけではないがここ3日間は1日に70-50kcal前後しか摂取できていない。 遊びにもほとんど反応しなくなって、大半を猫ハウスの中で寝て過ごす。水分だけはしっかりとれている。 ■5月30日■ 食べないのは療法食への飽きのせいかと思い、 さらに除去食試験を断念することへの懸念もあって今まで様子を見てしまった。 流石にこれはおかしいと病院へ。 この日の診察で原因は特定できなかったが、微熱があり、熱のせいで食欲が落ちたのではと。 先住猫達に比べて舌が白い気がしたので口内も診てもらったが、このくらいなら普通かなとのこと。 感染症やなんらかの炎症を考慮してステロイドと抗生剤が処方された。 これで熱が下がって食欲が戻るか様子を見て、 6月2日に再診することに。 体重が3.8kgから3.4kgに落ちていた…。 食事はもうなんでもいいから好きな物・食べるものを与えて下さいと言われ、とにかく食べさせなければとビュッフェスタイルであれこれ並べる。 ■6月2日■ 相変わらずほとんど食欲がないまま再診日に。 再診日前日はあんなに大好きだったちゅーるさえも受け付けなかった。 かろうじてスープと焼きかつおは少しだけ食べた。 朝イチに病院で診察。 熱は下がっていたが、ほとんど食べれずだった為さらに体重が3.2kgまで落ちていた。 血液検査とX線検査等を受けた結果、 【免疫介在性溶血性貧血】と診断。 脱水症状もあり、現状では腹水や胸水もなさそうとのこと。 輸液をしてもらい、ステロイドと抗生剤の注射を済ませて自宅療養になった。 輸液や投薬のおかげなのか、帰宅後は少し楽そうに見える。 寧々が診断された病気は、 自分の免疫機能が赤血球を破壊してしまい、身体が頑張って血を作っても作ったそばから破壊されていく。 赤血球が減ると酸素が運ばれなくなり、息苦しさや疲れやすさが出る。 ステロイドや免疫抑制剤を用いて、赤血球が破壊されないように自己免疫機能を抑えることが治療の主軸になるらしい。 高容量のステロイドや免疫抑制剤を使うことになるため、しばらく抗生剤はセットで服用。 ここまで食欲や活動量が落ちた理由は『重度の貧血』が原因だった。 この病気の説明はしっかりしてもらえたものの、血液検査の数値に関して知識がなさすぎて、細かな理解がなかなか追いつかない。 約半数が亡くなってしまうという言葉に脳内がパニックを起こしていたのもある。 なので説明して頂いた内容やメモしてきた内容を見返しつつ、帰宅後にあれこれこの病気の事を検索してみた。 当然ネガティブな内容も多く出てくるので、全てを鵜呑みにしないように注意しつつ… 個体差があると自分に言い聞かせながら。 (亡くなる割合に関してはネットで出てくる情報と獣医談でばらつきが激しく、予後は治療介入のタイミングにかなり左右されるよう) この時、寧々よりもう少し数値が良い子でも輸血処置になっているケースが目につき、 寧々は即輸血になってもおかしくないような数値に思えるけど、何故そういう処置がとられなかったんだろう?と疑問に思った。 ※これに関して後日質問をして、今後の細かな治療方針とともに説明をしていただけた。 この数値の状態で、ケージ2段目に登って水を飲んだり(別の給水器も設置してあるが何故かこちらを好む)トイレもふらつかずに出来ていたのが不思議なくらいだとチャッピー談 明日の朝、ちゃんと寧々は起きてくれるだろうか。朝猫ハウスを覗くのが怖いと思った。 付きっきりで傍で寝たいくらいだけど、 先住猫達はいつも私と寝ているし、寧々と一緒に寝れるような段階には程遠い。 寧々の体調も考えるといきなり同室というのも難しい。 いつも通りに寝るしかないのか…と、不安を抱えながら布団に潜り込んだ。
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夏支度2026
久々の日記になります。 福岡も梅雨に入りましたね! 日記にするネタが無いと言えば無いのですが…w 何気無い毎日をこんちゃんもすーちゃんも元気に過ごしています。 強いて言えば最近、私個人のトラブルが多くて(ToT) まず携帯の保存データがブッ飛び、しまいには落として壊れ修理に出すわで…現在代替え機使用中です。 オマケに左手の人差し指のひょう疽(爪と皮膚の間に細菌が入り腫れて膿が溜まる病気)が悪化してパンパンに腫れてめちゃくちゃ痛い為、病院で切開と縫合する事に…(*_*; 術後ここ数日でようやく症状も軽くなり、日常生活が支障なく行えるようになりました。 そして天気の良い日を見計らい、愛猫達の秋冬に使ってた毛布やクッション類を一気に洗い上げてからの乾燥と片付けが完了! 例年より少し遅れてしまいましたが、これで愛猫達の夏支度が無事に出来ましたー(^^ゞ。 去年ニトリで買った、こんぶ君用のNクールマット すももちゃんのお留守番ゲージも夏仕様にチェンジ! クッションカバーにしてる接触冷感マットは故・あんずのお下がりだったりします。 私の左人差し指の縫合部を抜糸したら病院通いも完了するので、2匹ともお風呂に入れたい…。 今回から換毛期のお風呂が快適になるように、ペット用折りたたみ式ミニバスと吸水セームタオルを買い揃えました! 今週中には2匹をお風呂に入れる予定です。
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なるたん、投薬修了その後
なんたんがブルームさんのお薬投薬終了しました。 今、3.4日くらいかな? が が なんと元にもどってしまったのですよ えええ?っくらい なるさんには薬は効かなかったようで また獣医さんと相談して模索します なるたんお顔取らせてくれないので こんなですが、口の周りが血で真っ黒 それでストレスなのかグルーミングしまくるので 身体もよごれてしまう、、、そして臭い これはなるさんが3日くらい寝てたベッド ありとあらゆるものがこうなります 洗濯がんばらねば、、 一方投薬を始めて中盤のるるさん 口腔内はものすごーく綺麗になって よだれもなく、臭いもしません るるさんはくすりがきいてくれるといいなあ
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河原猫とエサやりおばさんの記録
始まりは14年ほど前、近所の高齢ご夫婦が飼っていたワンちゃんのお散歩をかって出たことでした。 近くの河原がお散歩コースで、当時小学生だった次女がワンちゃんの散歩に着いて来るようになり、生後半年ほどの人懐こい黒猫を見つけました。 誰にでも寄ってくるような性格で、私も散歩中に黒猫に会うのが楽しみになるほどでした。 河原に行けばいつもどこからともなく出てくるはずなのに何日も会えない日が続いて、道路脇で亡くなっていたことを知りました。 未去勢だったので縄張りを広げようと河原から道路に出たのかもしれないです。 当時、河原には20匹以上の猫がいてほとんどが避妊されていませんでした。 今なら一斉TNRされるような案件です。 餌やりに対する苦情もありました。 以前から河原猫たちの餌やりをしていた方に声をかけたのがきっかけで餌やりに加わりました。 そして触れる子から捕まえて、手術とワクチンをして河原へ戻す ゆる〜いTNR活動を三人で始めました。 キャリーに入れようとして噛まれたり…😓 それでも捕獲器を使うことに対抗がありました。 耳カットも可哀想、いつか家猫になる時が来るかもしれないからとさくら耳にしませんでした。 TNR活動されている方が聞いたらビックリしますよね。 そんな感じなので捕獲に手こずって、手術が間に合わず生まれてしまう命もありました。 母猫が育てていても事故にあったり、川に落ちたりして命を落とす仔猫を目の当たりにして徐々に考えが変わっていきました。 何が何でも避妊!! 捕獲器も購入しました。 でも毎回3人でお金を出し合うのはきつかった〜💦 野良の成猫を保護していない状態で、無謀な里親募集も始めました。 ネットの募集なら目に留めてくれる人がいるかもしれないと淡い期待をして… 雨の日でも河原で待っている猫たちに、どうかお家を下さいと願い続けました。 奇跡的に手を挙げて下さった里親様に手書きの誓約書を書きました。 その子の生い立ちや性格、河原でどんなふうに生きてきたのか、私たちの思いをびっちりと書いて、二週間ではなく無限のトライアルをお願いしました。 「帰る場所は河原しかありません… どうしても飼い続ける事ができなくなった時は責任を持って必ず次の里親様を見つけますので、どうかそれまでこの子をお家に置いて下さい」 半ば脅迫とも言える内容の誓約書でした。 餌やりを始めて六年?くらいに河原にマンションが建つことになったのです。 その時にお世話してたのは7匹でした。 どうすればいいのか悩みました。 当時仕事が忙しかった主人には到底理解してもらえず、家族より外猫が大事なのかと言われて心身共に限界を感じるようになっていました。 たまたま知り合ったボランティアさんに相談すると預かりできる人を紹介してもらえる事になって、初期費用を準備して7匹を一気に保護しようと決めました。 5匹を預かりさん宅へ 高齢の子1匹は友達のお家にお願いしました。 賢い三毛ちゃんが捕まらず、河原に居残りましたが、一年後くらいに自らキャリーに入りやっと河原を後にしました。 河原から猫たちが出発する日、気にかけていた人たちが集まって猫たちの新たな旅立ちを見送ってくれました。 預かりさん宅へ行った5匹のうち2匹は早々に里親様が見つかって、切羽詰まった状況を理解して下さり幸せを掴みました。 ですが全員が幸せになれたわけではありません。 預かりさん宅から2匹も脱走してしまいました。 1匹は車に轢かれて命を落としました。 もう1匹は行方が分からず、知らない土地で迷子にしてしまった後悔と懺悔の気持ちで探し続ける日々が一年以上続きました。 張り紙やポスティング、新聞広告に出しても見つかりませんでした。 暗いトンネルの中にいるような苦しい日々でした。 それから少しずつ探すことを諦めて…ずっとずっと心の中で謝り続けています。 何年経っても忘れることはできません。 河原でお世話していた頃は平和な餌やりだけでなくて、事故に遭って手術した子もいました。 下半身がダラリとなった子を見て目の前が真っ暗になりました。 その時にたくさんの励ましと有志で寄付までして下さった猫友さんに心から感謝しています。 餌やりの場所に捨てられた小さなシャムミックスの子を遠くから迎えに来て下さった猫友さんにも感謝してもしきれません。 猫友さんのお家で先住猫さんに無邪気に甘える天使のような子でした。 河原には高齢の猫も2匹いました。 一匹は飼い主さんが居たにも関わらず、怪我しても放置、雪の日でも外に出されて河原に住み着くようになりました。 犬のようにどこまでも着いて歩くような甘えん坊さんでした。 飼い主さんを訪ねると10年以上飼っていた子をあっさり飼育放棄しました。 嬉しそうに缶コーヒーを一本とその子を私に渡しました。 譲渡が難しい事を気にかけてくれた友達が引き取ってくれて、とても従順で面白い性格だつたので、それはそれは可愛がられて猫生を全うしました。 もう一匹のおばあちゃん猫も引っ越しで河原に捨てられてから7年以上健気に頑張っていた子でしたが、辛かった日々が帳消しになるほどの幸せな晩年を過ごすことが出来ました。 昨年6月1日、茶トラの女の子(ぽーちゃん)が天に召されて、保護した河原の子全員とお別れした事になりました。 保護する時、大人しくキャリーに入りました。 とても不安そうな目をして私を見上げいたのを鮮明に覚えています。 その時は本当にこれで良かったのかと心のどこかにずっと引っかかっていました。 でもぽーちゃんの里親さんからぽーちゃんの気持ちを代弁するように幸せだった様子を教えていただいて、言葉の一つ一つにぽーちゃんへの深い愛情を感じました。 里親様とぽーちゃんが過ごした日々は愛情いっぱいでかけがえのないものでした。 今でも仔猫を見つけたら保護します。 でも家では保護できないので預けます。 パート代が吹っ飛ぶ時もありますが、見捨てたという十字架を背負うよりいいと思うようにしています😅 私はもう餌やりはしません。 最後まで責任が持てないので… 毎日、餌やりを続けるうちに家の中にいるか外に居るかの違いで、とても愛おしい存在になってしまいます。 それと同時に外にいる事が可哀想で辛くなってしまいます。 だからもうお外の子のお世話は無闇に出来ません。 家猫になれた子はほんの一部の子です。 それ以外の子はある日突然姿を消したり、ひっそりと亡くなったりしました。 今でも時々、仕事の帰りに河原を歩くことがありますが、みんなが過ごしていた場所に猫は見かけなくなりました。 ホッとします。 あの何年か頑張った事は無駄ではなかったと… 月日が経って記憶も曖昧になってきたので、河原で生きていたあの子たちのことを日記に残しておきたいなと思いました。 携帯に残っている河原猫の一部の子です。 成猫なのに小さくて天使のようだったこまちゃん 一人がいいのにゾロゾロと子分がついて来ちゃう茶トラ女子ぽーちゃん 賢くて心優しい三毛ちゃん 捨てられた乳飲子2匹の代理母も務めました 甘えん坊で従順なおじい猫のグレオ 河原ではボスくんと呼ばれてたけど里親さんからはなちゃんという可愛い名前を付けてもらいました みんな幸せだったかニャ? いつかまた逢える日まで待っててね😌
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100回目の日記は父の日
忙しくて 久しくネコジをはなれてお りますが、みんなが父の日を祝ってく れたので喜んで猫日記‼️ それが100 回目の日記だとかでダブル\(^^)/ みんなから貰った物 ぴみか 福ちゃん みんなでチュール 祭りの後 (新しい猫ベッドは誰の?) 後から知ったこと 何と、父の日は来週だとか⁉️ お後がよろしいようで😁
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梅雨入り【10y0m26d】
リオ君の様子 肥大型心筋症の症状を緩和するお薬のおかげか状態も安定しており、お家で平和に過ごしております! 呼吸が深くなったり体調が優れなさそうな日もありますが、概ね元気です! 獣医さんのところにお薬を取りに行く際、状態を確認していただく為に動画をお見せするのですが、獣医さんも “GW明けの状態から考えると良い状態ではないか” といった印象のようでした🎵 ある日の2匹 湿度が高い日は、とても疲れる。 一方の猫ズは湿度が高くても元気。 猫ヘアーも湿度で変化することもなく、ツルリン・サラサラの素敵な猫毛です(笑)。 癖毛な私からすると羨ましい〜。 窓辺で外の空気を楽しむサッシー ふさふさの毛が、風に吹かれて優しく波打っています ゴロンゴロンのリオ ふふ。楽しそうね🎵 のんびりとした朝の時間。 おまけ 高いところが好きなサッシー。 お気に入りの、本棚の一番上の段。写真を撮ってるのがバレてしまいました。カメラを向けるとしょっぱいお顔。 ほんと高いところが好きねぇ🎵
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年記 まこさん14歳 ミコ1歳
やっば 10日じゃった お久しゅうございます まこさん家来て14年がすぎたわけですが これといって特別なことはないのでありまして なんもないということは怪我、病気などもないわけで なんとも喜ばしいことなのかもしれません ニャンコの日のまこさん 年のせいか少し毛がゴワゴワしてきた ニャンコの日のミコ どこでも自由に歩き回る 14歳になったまこさんと1歳になったミコ ここで里子にだそうかと思っていたのだが 色々気を遣うことも多そうで、まごまごしてるうちに いるのがあたりまえになってしまったため飼うこととなった まこさんとの相性は良いときは良い ではまた来年m(__)m
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※新着日記は最新1件のみ掲載です



















































